My Funny
Valentine
YOKO
「何よ!さっきのあの態度!」
腰かけるよりも先に、バッグをカウンターに投げ出した。
「おいおい.…」
彼はまるで私が今にも噛み付いてくるんじゃないかっていう大袈裟な素振りで肩をすくめる。
「自分のやった事がまるで分かってないんだから!」
「・・・」
「あ、ゴメン、マスター。いつものをお願い」
マスターは苦笑いしながら、黙ってグラスを手にとり、手順通りにお酒を注ぐ。
「オレも、いつもの…」
バンッ!! 私の手のひらは彼を遮るようにカウンターを叩いた。
「ちょっと!飲む前のシラフの状態でキチンと答えなさいよ!」
「こんなトコで何だよ、そんな大袈裟に反応する事じゃないだろう」
カウンターにそっと差し出された二つのグラス、何も言わなくても出てくるお決まりの銘柄。
さすがに私も少し冷静になって、今までの態度に恥じ入りったい気分が押し寄せてくる。
そう、いつもこう、彼はのらりくらりと私の攻撃をすり抜ける。
せっかくのバレンタイン・デー、二人でどこか食事でも…と出かけても、
自己主張のカケラの無い返事「オレは何でもいいよ」って。
いざ、オーダーとなっても「お前の食べたいものを頼めばいいさ」って。
「この後どうする?」って聞いても
「どこでもいいよ」って。とうとう私は食事の途中で席を立って、店を出た。
ワケが分からないって風に、後をついて来る。
辿り着いたら、結局ココだった。
でも、今までココでこんなに声を荒げたり、まして怒ってカウンターを叩くなんてしたことなかった。
私は彼への態度より、この店への非礼さに恥じ入っていた。
「本当にゴメンねマスター。こんな態度で迷惑かけちゃって…ホント…」
マスターは無言の苦笑いで私を嗜める。
「何でそういきなり怒り出すかなぁ」
「・・・」
「ちゃんと、答えるからさ、説明はしろよ」
「今、話したくない、怒鳴りそうだからっ」
「・・・」
「・・・」
「悪いな、俺今夜は帰るわ、チョコレート、サンキューな」
「・・・」
彼はそのまま席を立ち、現金をカウンターに置いて、出て行った。
「今日はね、バレンタインだったから、特別だったのよ…」半分独り言のようにカウンターの中へと吐息を漏らす。
カラン…氷が空のグラスで寂しい音を立てた。黙ってそれを差し出すと、マスターはゆっくり同じモノを注ぎながら言った。
「何を特別に思うかがハッキリしてないから、あんな風に感情が揺れてしまうんじゃないのかな?」
「だって、ほら、クリスマスとか、バレンタインとか、お互いの誕生日って、特別じゃない?やっぱり。」
「二人の関係が特別なのと、イベントだから特別だっていうのを勘違いしちゃいけない。」
マスターは背中を向けて、CDを変えた。
〜My Funny Valentine〜 最初は彼に立ち去られて一人になった私への当て付けかと思った。
「な、YOKOちゃんならこの歌詞の意味を知ってるだろ?」
私は頭で昔歌ったこの歌の歌詞を反芻する…
私の可笑しいバレンタイン
いつも私を笑わせるバレンタイン
カッコイイとは言えないけれど
口が上手いとも言えないし
でも私にとってはあなたが一番大切なひと
私のことを愛しているなら
どうかそのまま変わらずにいて・・・
あなたがいるから、私には毎日がバレンタインデー
そう、毎日が… バレンタインデーになる…
「マスター、あたし帰るわ」慌ててバッグと上着を手にして立ち上がる。
マスターはさっきと違う苦笑いを浮かべて頷いた。
「ホント、今夜はゴメンね、ありがとう。」私のいく先は決まっている。
「あ、あたし、義理チョコあげない事にしてるんだけど、マスターは特別だから、コレ、はい。」
「特別ねぇ・・・」と愉快そうに笑う。
店の外はひんやりと心地いい、カツカツとヒールの音を聴きながら、あの歌詞を思い出す
「そう、あなたが私のバレンタインなの…あなたがいるから…毎日が…」
こんなセリフはきっと言わない、でも「ゴメン」って言ったら彼がちゃんと笑ってくれるのを知ってる。
「だってあたしたち、特別だもんね!」夜の街、空に向かってで少し大きな声で言ってみる。
明日の夜は、二人で腕を組んでこの店に入っていこう。