2002.02.14アップ


見えない時間 << over10years >>
                                        
                    YOKO
 


[T]
今夜の天気予報は雪
待ち合わせの場所まであと2分
彼女はきっと僕より先に着いて待ってる
少し歩く速度をあげて進むと
寒さなんて感じていない様子で
君は僕を見つけて手を振る
「ごめんよ…」と彼女の手を握ると冷たくて
ここに居た時間を知らさせる
なのに僕の隣で君は嬉しそうに笑い
「どこにいこうか?」なんて言ってる
デートといってもいつも同じ
食事をして、軽く飲んで、他愛ない会話
でもそういう何でもない事が僕にはとても大切なんだ
「今夜は雪が降るって言ってたね、降り始める前にどこかへ入りたいな」
彼女のその一言が僕の心を引っ掻いた
そう、貴女なら…
(雪が降るって言ってたからもう少し歩いてましょうよ)
僕は一瞬行くあてを無くした気持ちに襲われる
隣にいるのが君だと確かめるように
君の笑顔を見つめながら少しの罪悪感にくすぐられる
(こんな時に顔出さないでくれよ…)
想い出に文句をつけながら
「じゃぁ、まずは食事だな」と笑顔を造る
悪戯心が働いたわけじゃない
だけど今夜は無性にあのバーへ寄ってみたくなった
久々なうえに彼女を連れて行ったら
マスターは何て思うだろう…
貴女の想い出にじゃなく
雪の夜に誘われたんだ
懐かしい扉を開ける
ここは時間がずっと止まっているみたいに
何も変わっていなくて
僕を居心地悪くさせる
自分で古傷を引っ掻いたんだ…
そんな僕をよそに君は始めての場所で少し浮かれてる
「こんな素敵なトコ知ってるくせに一度も連れて来てくれなかったのね」
本当に君はよく笑う
差し出されたメニューを眺めながら
「甘くて飲みやすいカクテルがいいな…」
と、迷ってる横で僕は
「スコッチをロックで下さい、銘柄はおまかせします。」
先にオーダーを済ませ
「カシスソーダか何かにすれば?」と彼女に言ってみる
すると君はメニューをカウンターに広げて
「あの、マスターここに書いてあるシェリーって美味しいんですか?」
その時僕はどんな顔をしてただろう…
マスターの言葉よりも早く
「甘くて飲みやすいのがいいんだろ?だったら何かカクテルを選んでもらえよ」
彼女は僕の心の裏側には気付かない様子で
「名前が可愛いかったから、ちょっと聞いてみたんだもん」と、また笑う
結局彼女はカシスソーダを注文して
「美味しい!」とはしゃぎながら今日一日の話しをしてる
僕はうなずくしかできなくて
彼女のグラスが空になるのをじっと待っていた
(やっぱり来るんじゃなかったかな…)
引っ掻いた傷口に手当ても出来なくて
横で笑う君の顔もまともに見れずに
貴女の言葉を追いかける
(雪が降るって言ってたからもう少し歩いてましょうよ…)
貴女は今頃、外を歩いているんだろうか
あの嬉しそうな顔で空を見上げて…
「もう帰ろうか」とギリギリの思いで僕は言う
君は何の思惑もない顔をして
「そうね、雪が降る前に帰ろうか」と言う
その一言になんだか救われて
君をとても大切に思う…
今夜の天気予報は雪
降り始める前には家に着く
 
[U]
寒いだけの冬は嫌い
今年の冬はどうかしてる

天気予報には何度も裏切られ
結局雪が降ったのは新年の挨拶程度
周りがいくら誘ってくれても
出歩く気分も盛り上がらない
雪が降らないからって出掛けない私に
皆も半ば諦め調子で
このところ誘いもこなくなった
さっき久しぶりに電話で
「今夜は出ておいでよ、天気予報は雪だって」
(予報がね…)とうんざりしてると
「90%だって言うからさ、ゼッタイだって」と念を押され
(仕方ないか…)と出掛ける約束をした
90%の数字には結構期待が持てるかもしれない
そう思い直して支度を始める
甘いラムをコーラで割り
鏡の前まで持って行く
煙草に火をつけてからメイクの準備
くわえ煙草で化粧品を選ぶ
昔から母に行儀が悪いとよく叱られた
寒い日の外出前の支度には
甘いお酒と音楽でちゃんと温めてから
雪が降るならなおさら
最後にとっておきの香水も忘れない
私を呼び出したコが
黙って案内してくれたバーは
街からは離れた小高い住宅地の中に
場違いのようにポツンとあって
私は少し戸惑った
「いいから、中に入りなって」
ドアも開けずに入り口で立っている私に言う
Jazzが静かに流れる店内へ入ると
目の前には街の夜を全部ひっくり返した眺めが広がっていた
店の奥が全てガラスの壁になっていて
私は一瞬吸い込まれていきそうな感覚に襲われる
「何飲むの?」
そのコの声でやっと振り返った私の顔を見て
「来て良かったでしょ?ボーッとしてないでお酒飲もうよ」
と悪戯っぽい顔で笑う
私はこの景色にすっかりやられて
オーダーどころじゃない
もう一度振り返り、ガラスの向こうを見つめていた
その時、本当にその瞬間フワッと雪が降り始めた
私はたまらない気持ちになって
そのコに「ゴメンね」と言って
店を飛び出した
タクシーを拾ってとにかく行かなきゃ
久しぶりにあのバーへ…
さっきまで足元にあったこの街でタクシーを降りる
雪はまだこの街まで降りて来てない
ゆっくりと歩きながら
もうすぐ降ってきそうな予感でいっぱいになる
(一杯飲んで出る頃には降ってるか…)
そう思ってバーへの道を歩く
ビルが見えてきた
エレベーターに向かうエントランスの手前で
丁度カップルが手を繋ぎ出て行く
その背中を見送るように私はビルへ入ろうとする
「よかったぁ、まだ雪が降ってないね」
彼女の方が言う
「これなら降り始める前には着くよ」
彼氏の方が言う
(私なんかとは大違いなんだな…)少し可笑しくなる
「でも、せっかく久しぶりに降るって言うしもう少し歩かないか?」
その一言で私の足が止まる
もう歩き始めて行く二人
でも、あれは貴方の背中
私は横で笑っている彼女を見てなんだか救われる
懐かしい扉を開ける
ここは時間がずっと止まっているみたいに
何も変わっていなくて
私を心地よくさせる
自分の全てがここにあるみたい
 
「お久しぶり です、いつものを下さい」
私は長い時間を飛び越したようにオーダーをする
ずっと口にしてきたシェリー
ここで飲むのは特別美味しい
 
本当は貴方がさっきまできていたはずなのに
マスターは相変わらず何も言わない
ただ一言「本当に久しぶりですね」とだけ言って
お決まりの銘柄をちゃんと出してくれた
 
私は珍しくさっき行ってきたバーの事や
そこでは雪が降ってるから
もうすぐここにも降りてくるはず
なんて事を話して
「雪が降る中をゆっくり歩いて帰れそうだから、今夜は気分がいいわ」
そう口にした時
なぜだか笑いが零れて
「さっき、彼がきてたでしょ?可愛い彼女と一緒に」
 
私が答えが欲しいわけではないのを知っているから
マスターはただ微笑んでうなずいた
「まぁね、雪が降る度に一緒に歩かされたんじゃたまらなかったわね」
私とマスターは顔を見合わせて笑った
こんな風に話したり、笑ったりしたのは始めてだった
 
一杯で引きあげるつもりでいたのに
結局私が席を立ったのは
シェリーを1ボトル空けてしまったからだった
「雪降ってるといいな…」
 
寒いだけの冬は嫌い
手を繋いで歩いてくれる人が隣にいなくても
雪の降る中で空を見上げていたい
 
 
[V]
 
珍しい来客は続くもので
今夜は(久しぶりだね)という人が
すれ違いで現れた
 
あれから10年…
僕は相変わらずだからこそ
彼や彼女が変わって見えるのか
あれが当たり前なのか
 
彼はスコッチをスマートにオーダー出来るようになって
彼女は僕とサラリと会話が出来るようになった
可愛い彼女を連れて来てくれて
安心させられたかと思ったら
やっぱり男はダメなのか
想い出には弱いらしい
 
彼女の方はすっかりいい顔になって
相変わらずシェリーを愛してるし、雪が好きだった
女は想い出を楽しめるらしい
 
僕はこのカウンターの中で
皆が落して行く想い出を
ここに置いたままにしておくから
変わらないのかもしれない
 
でも、今夜はあの二人とも
雪に誘われてやって来たらしい
雪の降る日は客足も遠のくんだけど
雪のおかげでやって来てくれた
 
僕は積もらないうちに店を閉めて帰ろう
今年はこれが降り納めだろうな…