見えない時間 YOKO
〔T〕
ねぇ、今何を考えてる?
僕が隣にいるのに、もうどこか違う所へ心が動いている
貴方が煙草に火を点ける度に、二人の間に少しずつ霧がかかる気がする
いつも浮気で、わがままで、気が向くまで何もしないし、約束なんて守れないし
僕は貴方が知らないうちに、もう60回以上は、別れる決心をしたよ
貴方が、僕以外の男を見つめるたび、不意にどこかへ行ってしまうたびに
そして、僕との大切な約束を、すっかり簡単に破ってしまうたび
思い切って貴方の部屋のドアを叩く。今日でもう終わりだよって思いながら
だけど、いつもそうなんだ
何もなかったように、明るい顔をして、どうしたの?って、顔でドアを開けて
すっかり疲れてしまった僕を「可哀相に・・・」ってなだめながら
今までのことを、すっかり忘れさせるんだ
僕はまるで、おあずけをくらっていた小さな子供みたいに、貴方の腕に滑り込んで
泣きそうな顔を撫でられながら、全てを許して夢に堕ちる
幸せな夢から醒めた朝、ベッドで眠る貴方の愛しい横顔を見つめてると
僕はこの瞬間が、ずっと続くと信じてしまっている
いつも気付くと、そうなんだ
今日は何だか不思議だね。退屈嫌いな貴方が、こんなとこでじっと座っている
好きな音楽がかかってるのかい?
それとも、そのお酒が気に入ったのかい?
あぁ、また好きな男が出来たんだ。きっとそうだね
煙草を吸いながら、何か考えてる貴方の横顔はいつも寂しそうだよ
僕が隣にいても、寂しさは失くならないんだね
あの幸せそうな、あどけない寝顔と同じように、いつも満たされた顔を見ていたいよ
どうしてあげればいい?
貴方がどんなに強い女性を装っても、僕はその寂しい横顔を知ってるから
何だかいつも胸が痛くて、抱き締めることさえ、ためらってしまうんだ
この場で強く抱き寄せただけでも、きっと貴方は壊れてしまうから
何故かそう思うから。こうして声にしない思いをずっと温めてるんだ
貴方の持ってる色や、貴方が作る空気、貴方が起こす風、貴方が運んでくる匂い
僕は全部好きだよ。まるで僕の季節を、貴方が生み出しているみたいだね
もうすぐ、この店も終わりだよ
どこか、他のとこへ行こうか?
帰りたいなら送って行ってあげるよ
外は寒いだろうね。来る時は雪がちらついてたし
明日もきっと雪だよ。夕方ラジオで言ってた
そう言えば貴方は雪が好きだよね。寒いけど少し歩く?
去年の冬はほとんど雪が降らなくて、いつも機嫌が悪かったよね
今年の冬は始まりから優秀で、沢山雪が降ってよかったよ
だけど寒いのは嫌いなんだよね。まったく貴方らしくて嬉しくなるよ
今日は、このまま誰のとこにも行かないなら、今から少し外を歩いて一緒に帰ろう
手を繋いでいれば、少しは寒くなくなるよ
だけど、今日は何だかいい気持ち。寂しそうな横顔を見てても、いつもより少し平気だよ
キットダイジョウブ
貴方が、今他の男のこと考えてても、その寂しい顔を、そいつには見せないって分かるんだ
キットダイジョウブ
またどこかへ行ってしまっても、あの可愛い横顔は、僕以外の誰にも作り出せないって分かるんだ
アタシハアナタヲアイシテイル
って分かるんだ。さっき聞こえたんだよ
アイシテルヨ
って聞こえたかい?きっと聞こえてるんだね
貴方が、溜息と一緒にはく煙が、雪に見えてきたから、今日はいつもと違うんだ
貴方がとても、幼く見えるから。僕がずっと抱いていてあげる
温かい毛布にくるまって、あの幸せな顔を、作り出してあげるよ
今日の僕の胸はとても暖かいから、貴方の嫌いな寒さも無くなるよ
二人でベッドの中から、貴方の大好きな雪をずっと見てようよ
雪が舞い降りる間、ずっと抱いていてあげるから
ねぇ、今何を考えてる?
〔U〕
アタシハアナタヲアイシテイル
今まで何度も心の中で囁いたけど、貴方にはちっとも届かないのね
だって、貴方はいつもどこか背伸びしてて
私の心の中まで、見ようなんて余裕がないんだもの
こうして隣に私がいても、私の視線や顔色を窺っている
煙草に火をつける度に、貴方の視線が動くのが分かるの
私はいつも他人から、わがままで、気ままで、浮気な女だと言われてきたけど
貴方と初めて会ったとき、貴方は今までの誰とも違う瞳をしていた
私を欲しいと思う素直な瞳で、詮索も、軽蔑も何も持っていなかった
だけど私に裸の貴方を、見せてはくれなかったわね
私が他の男を見つめた時、不意にどこかへ行ってしまった時
そして、貴方との約束をわざと忘れた時にだけ
泣き疲れた迷子みたいに、すっかり行き場を失くして
私の部屋のドアを叩くでしょ。私がドアを開けた時
貴方はいつも、元通りの素直な瞳で、私の前に現れるから
可愛くてしょうがなくて、抱き締めてしまうの
その時意外に、貴方のあの瞳を、見ることが出来ないんだもの
私がなにを喋ってても、私がなにを考えてても
貴方はいつも心のどこかに服を着て、大人の顔をして
全て分かってるよって顔をして、嫉妬すら見せないなんて
いつまでその背伸びが続くのかしら?って思ってた
何度か貴方の前で、他の男に視線を移してみたけど
その場では顔色ひとつ変えないくせに、私ががっかりして部屋に戻る頃
貴方は自分に気がついて、私のもとへやって来る
いつもそんな事の繰り返しね
早く私の心の声に、気が付いて欲しいのに
貴方の心に着けた最後の一枚を、脱いでくれれば簡単なのに
まだしばらくは、こんなことを繰り返すしかないのかしら?
だけど今日は不思議ね
いつもの貴方なら、私が煙草を吸う毎に顔を曇らせるのに
私が送るサインなんてちっとも気が付かないで、心配そうにうろたえるだけなのに
なんだかいつもとは、違う顔してるわ
今日の貴方なら、寂しさに取り憑かれた私を、どこかへ連れ出してくれる気がするの
私の寂しさがどこから来るのか、気付いてくれるわね
もうすぐこの店も終わりね
外を歩きたいな。来る時は雪がちらついてたし
今年は雪がたくさん降って、とても気分がいいの
寒いのは大嫌いだけど、貴方が一緒ならきっと寒くないわね
モウダイジョウブ
貴方の瞳を曇らせないで、いつも素直な顔でいてくれるわね
モウダイジョウブ
また、迷子になったとしても、繋いだ手の温かさを忘れないわね
アタシハアナタヲアイシテル
って聞こえる?
アイシテルヨ
って聞こえたわ。だから平気ね
今日はいつもと違うの。貴方が本当に大人に見える
ずっと抱き締めていて
温かい毛布にくるまって、貴方の胸の中にいれば、大嫌いな寒さもなくなるでしょ
二人してベッドの中から、窓の外の雪を、ずっと見ていましょうよ
雪が舞い降りる間、ずっと抱き締めていて
アタシハアナタヲアイシテイル
〔V)
もう大丈夫だね
長い間この仕事をしてきて、たくさんのカップルの出会いも別れも見てきたけれど
この二人はいつか見える時が来るだろうと感じていた
最初にこの店を訪れた頃は、いつも二人一緒で
壊れそうに危うい視線や、会話の繰り返しだった
いつの間にか、お互いが一人で来るようになり
お互いが見えない時間を、ここで過ごすようになって
彼が落としていった溜息も、彼女が落としていった涙も
僕は知らん顔しながら、ずっと見守ってきたけれど
いつも同じ席に座って、必ず隣を空けておく
彼は彼女の好きなシェリー、彼女は彼の好きなバーボンを
僕に注文すると、ぼんやりしながら、グラスの中に相手を浮かべて
誰もいない隣に視線を移す
そんな時間を過ごしているのを、お互いが知らないでいる
僕はいつも二人の関係の不思議さに、少し興味を持っていたけれど
たまに一緒に現れても二人とも会話もなく
自分が好きなお酒を飲みながら
ただ沈黙の中でどちらかが席を立つのを待っていて
「帰ろうか」と出て行く二人を見送りながら
本当に見える時が来るのだろうか?と心配もしたけれど
今日の二人の間に流れている空気は、いつになく静かで
僕の心配もここまでだと思わせてくれた
そろそろ二人とも席をたつんだろう?
外は雪がちらついているらしいし、今夜も一段と冷え込むから
二人の温もりを確かめ合うには、ちょうどいい夜だ
今僕が二人にしてあげられるのは、言葉の代わりに
僕のお気に入りのソウルを流して、見送ってあげることかな
そのグラスが空いたら今夜はもう閉めるよ、お二人さん
もう大丈夫だね